「労基署は“味方”だけど“代理人”ではない」――相談後に起きる現実

目次

はじめに

「労基署に行けば会社が罰せられると思ってました」
これは、労働相談の現場で最も多く聞く言葉のひとつです。

ニュースやSNSでは、
「ブラック企業を労基署が是正勧告!」という見出しが並びます。
けれど現実はもっと地味で、もっと静かです。

労働基準監督署(労基署)は、確かに働く人の味方です。
しかし同時に、あなたの“代理人”ではありません。


第1章 「味方=代わりに戦ってくれる」ではない

労基署の役割は、「法律に基づく事実の確認」と「是正指導」です。
つまり、“ルールに違反していないか”を調べ、会社に是正を促すのが仕事。

たとえば――
・残業代が支払われていない
・有給休暇を取らせてもらえない
・長時間労働が常態化している

こうしたケースでは、
労基署は会社に対して「改善を求める」ことはできます。

ただし、それはあなたの代わりに交渉することではありません。
損害賠償請求や未払い賃金の直接回収は、
本来「本人または代理人(弁護士など)」の領域です。

労基署は“あなたの側に立って法を動かす”けれど、
“あなたの代わりに戦ってくれる”わけではない。


第2章 労基署ができること・できないこと

▶できること

  • 法違反の有無を調査(臨検・事情聴取)
  • 是正勧告・指導(会社に改善命令)
  • 重大な違反の送検(検察へ)

▶できないこと

  • 個別労働紛争の“仲裁”
  • 解雇撤回の強制
  • 精神的苦痛に対する補償

つまり、「制度上の正しさ」は守ってくれるが、「あなた個人の納得」を保証するものではないのです。


第3章 “現場”ではどうなっているのか

私が知っているケースでも、
労基署に相談しても「その場では何も変わらなかった」と感じる人が多いです。

でも、それは“労基署が動かなかった”のではなく、
**「会社がすぐに動かなかった」**というのが実際です。

たとえば、残業代未払いの相談をした場合。
労基署は「事実関係の確認」→「是正勧告」→「報告書提出」という流れをとります。
しかし、会社がすぐに支払うかどうかは別問題。
なかには、指導を受けても「様子見」で放置する会社もあります。

それでも、労基署が入ることで会社の姿勢が変わることは少なくありません。
社内で「労基署から指導が入った」というだけで、
労働環境が改善されたり、未払いが解消されることもあります。

労基署の一歩は“静か”でも、“効く”ことがある。


第4章 “相談”が動かす現実

制度的には限界があっても、
相談そのものが“会社に対するサイン”になることがあります。

ある30代男性は、残業100時間超の職場で体調を崩し、
上司に訴えても取り合ってもらえませんでした。
思い切って労基署に相談したところ、臨検が入り、
会社は勤務時間の記録を再確認。
結果的に残業時間が半減し、彼自身も部署を異動できました。

「何も変わらないと思っていたけど、相談したことで会社が動いた」
と後日話してくれました。

つまり、“相談”は制度を動かすスイッチなのです。


第5章 労基署と“併走”するという考え方

労基署に相談することはゴールではなく、スタートです。
その後に必要なのは、

  • 会社とのやりとりを整理する
  • 必要なら専門家(社労士・弁護士)に相談する
  • 書面や証拠を残す

という“自分の行動”。

労基署は、あなたを「見捨てない」けれど、
あなたの人生の代打には立てません。

“相談”とは、“行動”を支えてくれる追い風のようなもの。
自分が進むために、制度を味方につける。


おわりに

労基署は、あなたの敵ではなく、あなたの味方です。
ただし、その“味方”は、あなたが動いた瞬間にしか動かない。

「相談しても無駄」と思う人もいます。
けれど、何もしなければ、現実は何も変わりません。

一枚の申告書、一本の電話。
それだけで、会社も社会も少しずつ変わっていきます。

労基署は、あなたの代わりに戦う場所ではない。
けれど、あなたが“自分を守る力”を取り戻す場所なのです。

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