労働相談をしていると、
こんな言葉を聞くことがあります。
「相談はしました。でも、何も変わりませんでした」
労基署に行った。
会社の窓口にも話した。
それでも、職場は変わらなかった。
このとき多くの人が、
「自分の行動は無意味だったのではないか」
「やっぱり相談なんてしてもダメだった」
そう感じてしまいます。
でも、実際に“何も変わらなかった人”のその後を見ていると、
起きていることは、もう少し複雑です。
① まず起きるのは「外側」ではなく「内側」の変化
相談後、最初に変わるのは
会社でも制度でもありません。
本人の認識です。
- 「これは自分の我慢不足ではない」
- 「おかしいと感じた感覚は間違っていなかった」
- 「限界だったのは事実だった」
たとえ職場が変わらなくても、
この“確認”が入ったかどうかで、その後は大きく分かれます。
逆に言うと、
相談しても何も変わらなかった人ほど、
「自分だけが悪い」という思考からは、もう戻れなくなる。
これは一種の不可逆です。
② 次に起きるのは「期待の喪失」
相談前、人はどこかでこう期待しています。
- 言えば、何か動くのではないか
- 正しいことを言えば、理解されるのではないか
- 制度は自分を守ってくれるのではないか
ところが現実は、多くの場合こうです。
- 労基署は淡々としている
- 社内相談は“聞いただけ”で終わる
- 上司や人事は表情を変えない
ここで起きるのが、
会社や制度に対する期待の喪失です。
これは怒りよりも静かで、
でも長く続きます。
③ 「何も変わらない職場」で人は3つの方向に分かれる
相談後、職場が変わらなかった人は
だいたい次の3パターンに分かれていきます。
① 感情を切り離して働き続ける人
- 最低限の仕事しかしない
- 会社に期待しない
- 心を置かない
一見安定していますが、
心身に不調を溜め込みやすいタイプです。
② 静かに出口を探し始める人
- 転職情報を見始める
- 資格や勉強に手を出す
- 退職を「現実の選択肢」として考える
相談は無意味だったのではなく、
「ここに未来はない」という判断材料になったケースです。
③ 自分がおかしいのだと思い込む人
- 「やっぱり自分が弱いだけだった」
- 「相談した自分が悪かった」
- 「これ以上言ったら危険だ」
一番危険なのは、このパターンです。
相談した“事実”が、
逆に自己否定を強めてしまう。
④ 労基署や社内相談は「解決装置」ではない
誤解されがちですが、
労基署も社内相談も、
「自動的に職場を変えてくれる装置」ではありません。
- 労基署は是正を“促す”だけ
- 社内相談は記録を残すだけ
- 強制力は限定的
だから
「相談=すぐ解決」と期待すると、
落差で苦しくなります。
でも逆に言えば、
**相談は“現実を見極めるための行為”**でもある。
⑤ 「何も変わらなかった」という事実が教えてくれること
相談しても何も変わらなかった。
それは、
- この会社は変わらない
- この組織は守ってくれない
- この環境で消耗し続けるかどうか
そうした判断を、
感情ではなく事実で下す材料になります。
相談は、
会社を変えるためだけの行為ではありません。
自分が次にどう動くかを決めるための行為でもある。
⑥ 最後に──それでも「相談してよかった」と言える理由
私は、
「相談しても無意味」とは思っていません。
ただし、
期待の置きどころを間違えなければ、です。
- 相談しても会社は変わらないかもしれない
- でも、自分の認識は確実に変わる
- その変化が、次の選択を可能にする
相談しても何も変わらなかった人は、
実はもう、
“同じ場所で同じように我慢し続ける人”ではなくなっている。
それだけは、確かです。
